税務調査の観点から診療所が確認すべき事項②(人件費)

税務調査では人件費は必ず精査されます。

留意すべき事項について、今回は役員報酬と専従者給与に絞って、まとめました。

医療法人の役員報酬

役員報酬が不相当に高額であると認められると、その不相当に高額な部分は否認されます。

その基準は法令で定められています。

根拠条文

法人税法第34条第2項

内国法人がその役員に対して支給する給与(略)の額のうち不相当に高額な部分の金額として政令で定める金額は、その内国法人の各事業年度の所得の金額の計算上、損金の額に算入しない。

その金額が不相当に高額か否かという基準は、法人税法施行令第70条で定められています。

法人税法施行令第70条

法第三十四条第二項(役員給与の損金不算入)に規定する政令で定める金額は、次に掲げる金額の合計額とする。

一 次に掲げる金額のうちいずれか多い金額

イ 内国法人が各事業年度においてその役員に対して支給した給与(略)の額(略)が、当該役員の職務の内容、その内国法人の収益及びその使用人に対する給与の支給の状況、その内国法人と同種の事業を営む法人でその事業規模が類似するものの役員に対する給与の支給の状況等に照らし、当該役員の職務に対する対価として相当であると認められる金額を超える場合におけるその超える部分の金額(略)

ロ 定款の規定又は株主総会、社員総会若しくはこれらに準ずるものの決議により、役員に対する給与として支給することができる金銭その他の資産について、金銭の額の限度額(省略)の内容(ロにおいて「限度額等」という。)を定めている内国法人が、各事業年度においてその役員(当該限度額等が定められた給与の支給の対象となるものに限る。ロにおいて同じ。)に対して支給した給与の額(略)の合計額が当該事業年度に係る当該限度額(省略)の合計額を超える場合におけるその超える部分の金額(略)

上記のうち、イが実質基準、ロが形式基準とされます。

過大な役員報酬額については、この実質基準及び形式基準により判断することになります。

実質基準

実質基準については、下記の点を総合勘案して過大な金額を求めることになっています。

役員報酬は国税不服審判所でよく争点となりますが、当然、この基準はその判断でも用いられています。

・職務内容

・法人の売上高及び収益状況

・使用人の給料の支給状況

・類似法人の役員報酬の支給状況

私見ですが、医療法人でこの基準を役員報酬額設定の判断材料とするには、少々漠然とした印象を持ちます。

例えば①について、医療法人の理事長であれば、職務内容は、医師として診療業務に当たっている他、院内の事務作業や従業員のマネジメント業務、給与計算や経理作業など多岐に渡っているケースも多く、一括りに捉えることが出来ません。

理事長の奥様が理事に就任している場合も同様のことが言えます。

医療法人の理事であれば、定時・臨時で社員総会も開催しており、理事としての職務責任を担っているので、その分も適正に加味しなければなりません。

また、④類似法人の役員報酬について、例えば内科(人工透析以外)であったとしても、糖尿病を主にしている内科もあれば、リウマチ専門に行っている内科もあり、在宅医療を中心に診療を行っている内科もあります。

それぞれの内科で平均点数も大小様々であり、開設場所や地域によって患者層もまるで異なり、求められている診療所の役割も全く異なります。

類似法人の役員報酬の支給状況で、一概に役員報酬を決めるのは無理があります。

ゆえに基本的には、②法人の売上高や収益状況を中心として、総合的に設定した金額で計上することになるかと思います。

形式基準

医療法人の定款で、役員報酬の限度額を定めることはあまりないと思いますので、基本的には定時社員総会で決める形となります。

医療法人の定時社員総会については、定款に記載があるはずですが、通常は年に2回なので、そのいずれかのタイミングで役員報酬の限度額を決める形となります。

実際の調査

医療法人でも、売上に比して余程高額な役員報酬を支給しない限り、指摘される可能性はあまりないと思われます。

仮に調査官に役員報酬が高額だと指摘された場合は、その過大である理由を伺うべきでしょう。

納税者が根拠を示して「役員報酬額が適切である」と説明義務を果たす以上、税務署側には立証責任があるので、適正額がどの程度なのか、正確な根拠を示して頂くことが必要になると思います。

ちなみに上記はあくまで税務上の話です。

認定医療法人制度の適用を受ける場合等は、役員報酬に一定の制限があります。

個人診療所(青色申告者)の専従者給与

専従者給与支給の要件

青色事業専従者への給与は、税務署への届出及び主に下記を要件に経費計上が認められています。

・院長と生計一の配偶者や親族であること

・年末時点で15歳以上

・原則6カ月超事業従事していること

役員報酬は委任契約による職務執行の対価ですが、専従者給与はあくまで労務の対価です。

労働実態に基づく支給となるので、税務調査があった際には、実際にどのように業務に携わっているかを証明しなければなりません。

ゆえに役員報酬より専従者給与の方が、厳しめにチェックされる印象があります。

支給の基準

専従者給与も法令等に具体的な基準が定められているわけではありません。

ゆえに基本的には、他の従業員と同じ基準で金額を定めるのが一般的です。

看護師資格を保有して実際に従事しているのであれば、通常は、看護師平均給与などを基に、実績や年齢を考慮して金額を決めていく形となります。

例えば厚生労働省のホームページには、看護師の年齢階級別平均賃金などが記載されているので、このような統計を基に金額設定すれば、具体的な根拠となり得ると思います。

専従者の場合、看護師業務だけでなく、従業員のマネジメントや給与計算等、院内の事務作業なども併せて行っていることも多いので、その分も当然加味して金額設定するのが理想的です。

架空人件費は論外

上記で医療法人における役員報酬及び個人診療所における専従者給与について説明しましたが、ろくに勤務もしていない、若しくは業務に一切タッチしていないのであれば、報酬や給与の計上が認められるはずがありません。

例えば非常勤への役員報酬であれば、その法人内部でどんな仕事をしているのかを示さなければなりません。

仮に業務に一切携わっていないにも関わらず、毎月報酬を支払っているのであれば、金額の大小に関わらず、架空人件費として否認されて然るべきとなります。

専従者給与も同様のことが言えます。

専従者給与は届出をすることによって支給が認められるものなので、届出記載の範囲内で支給すること、届出記載通りの職務内容に専従していること、きちんと毎月支給していることなどは大前提となります。

要件を満たしていないのであれば、当然否認対象となります。

また、特に資格も保有せず、従事内容が事務職に留まるにも関わらず、多額の給与を支給している場合は注意しなければなりません。

その金額の論拠を具体的に説明できなければ、是認を受けることは難しくなります。

特に親族への人件費は、役員、使用人に関わらず必ずチェックされます。

親族への報酬や給与の金額設定には、細心の注意を払うようにしましょう。

まとめ

税務調査で確認すべき人件費について、役員報酬と専従者給与についてのみ、大まかにまとめました。

人件費に係る金額については、正確な根拠をもとに設定するようにしましょう。

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